ある日突然ピアノが弾けなくなったら。
ピアニストにとっては、まさに悪夢ですよね。
今まさにこの記事を読んでいる方も、そのような悪夢の真っただ中にいらっしゃるのかもしれません。
私は約20年前にフォーカル・ジストニアを発症し、いまだに弾きづらさはありますが、それでも現在はソロコンサートを開けるくらいには復活してきています。
フォーカル・ジストニアの治療法は現在も確立されておらず、私の症状が緩和されてきたのも偶然に過ぎないのかもしれませんが、何かの参考になればと思い、これまで試した方法を紹介します。
① 医師の診察
自分の状況を正確に把握するには何よりも専門家の診断を受けることが第一です。
私の場合、自分の症状が病気かもしれないという考えすらなかったので、専門医のところへたどり着くまで数年かかりました。
医師の診断は「フォーカル・ジストニアだった可能性がある」という曖昧なものではありましたが、専門医に診てもらえたこと、何より自分の身に降りかかったことが「自分のせいではなかった」とわかっただけでもとても気持ちが軽くなったことを覚えています。
私はドイツに来てからフォーカル・ジストニアという病気があることを知り、ハノーファーにフォーカル・ジストニア研究の第一人者である A 先生がいることを知りました。
A 先生の初診は当時でも数か月待ちの状態で、先生も大変お忙しかったと思いますが、ピアノやいろいろな器具を用いながら1時間近くかけて診察をしてくださり、詳細な診断書を作成したうえで、今後どうすればよいかのアドバイスをしてくださいました。
日本にも恐らく探せば専門の先生がいると思うので、まずは探すことをお勧めします。
私自身、自分がフォーカル・ジストニアであるという確証はありませんでしたし、この病気は人に見せようとすると症状が消失することもあるらしく、医者に診てもらって「なんともありません」と言われた日には、さらに落ち込むのではないかという不安もありました。しかし、やれることはやったと自分で納得したかったので、診察を受けることにしました。
実は A 先生の前に、地元の神経科の先生にも見てもらったのですが、全く相手にしてもらえませんでした。フォーカル・ジストニアかもしれないと思ったら、それ専門の先生に診てもらうことを強くお勧めします。
② 専門家によるリハビリ
A 先生の診察を受けた際、フォーカル・ジストニアのリハビリ法を研究している B 先生を紹介してもらいました。B 先生自身もピアニストで、フォーカル・ジストニアを克服された経験をお持ちです。恐らくフォーカル・ジストニアを発症したピアニストの多くが B 先生のリハビリを受けているのではないでしょうか。
非常に高名な方なので、自分なんかのために時間を割いてもらえるのか不安でしたが、A 先生からの紹介ということもあってか、すんなりと予約を取ることができました。
B 先生のリハビリは1時間から1時間半ほどかけて行われ、そのうち半分はカウンセリングで、もう半分が実際にピアノに向かって指を動かす作業でした。
笑顔の優しい、非常に温厚な先生で、私のピアノ歴から始まって、フォーカル・ジストニアを発症した時のこと、その後の経過など、じっくり話を聞いてくれました。
自分の手の症状について誰かに理解してもらうことは無理だろうとあきらめの境地だったので、共感を持って話を聞いてもらえるだけでもとても心が軽くなったのを覚えています。
一方で、指を動かすリハビリそのものはとても苦痛でした。
私の場合、右の人差し指の症状が顕著だったので、まず人差し指だけを動かしてみて、その時に体に何が起こっているのかを観察するところから始まりました。
以前から、右の人差し指で鍵盤を押すと、肘の内側の筋肉が緊張するのを感じてはいたのですが、これが「間違った指令」の表れということで、この間違った指令が出されないよう、座り方や、指の動かし方を微妙に変えながらひたすら一つの鍵盤を弾くということを続けました。
こうしたリハビリを月2回のペースで、1年近く続けたように思いますが、最終的には通うのをやめてしまいました。
姿勢や腕や手の位置、指の角度などをいろいろ変える中で、なんとなく弾きやすいという瞬間はあったものの、その「奇跡的瞬間」を確実に再現するためにはかなり神経をすり減らすことになり、さらに長年かけて身につけたものをゼロからやり直さなければならない、という事実がさらに絶望感を強めたからです。
もちろん、B 先生は多くのピアニストを救ったという実績があればこその地位を確立されていますし、先生のやり方がおかしいとか、悪いということはありません。
ただ、フォーカル・ジストニアを発症して、心にダメージを負っている場合、いくらか心の元気を取り戻した後でないとこのリハビリは苦しいと思います。
③ 丹田呼吸法
順番が前後しますが、ドイツに行く前に自分なりにどうやってフォーカル・ジストニアを克服するか考え続け、情報収集をする中で試したメソッドがいくつかありますのでご紹介します。
まずは丹田呼吸法です。
これは自分で見つけたわけではなく、友人からたまたま誘われて始めました。
定期的に呼吸法の勉強会に参加して、みぞおちのあたりをこすりながら「息を練る」ことを学びました。
呼吸法に関しては(そもそも呼吸法に上手い・下手の概念を持ち込むことがおかしいかもしれませんが)上達はしなかったものの、この勉強会を通して自分の上半身がガチガチで、呼吸が浅いということがよくわかりました。
ピアノ演奏では指の動きに集中しがちですが、指が自由に動くには腕に余計な力が入っていてはだめで、腕の力を抜くには上半身が楽でなければならず、上半身を楽にするにはお腹の支えが必要、ということを呼吸法を通して再認識することができました。
呼吸法はリラックスの基本でもあるので、丹田呼吸法でなくてもよいのですが、いくつか試してみることをお勧めします。
④ アレクサンダー・テクニーク
初めてアレクサンダー・テクニークを知ったのは、大学の書店で買った、音楽家の体の使い方について取り上げた本がきっかけでした。
フォーカル・ジストニアらしき症状を発症して以来、否が応でも自分の体について考えることが多くなり、そんな中でボディマッピングについて取り上げたこの本は啓示のように思えました。
さっそくネットでアレクサンダー・テクニークの先生を探して、個人レッスンを受けることにしました。
個人レッスンでは、テーブルワーク(寝た状態で、先生が生徒の体を動かすワーク)が心地良かったのを覚えています。
アレクサンダー・テクニークの創始者である F. M. アレクサンダーは、自分の声の不調の原因が首の緊張にあると気づいたことから、このボディワークを始めたと言われています。
当時の私は、F. M. アレクサンダーが「首に原因がある」と発見して声を取り戻したように、指が動かない原因がある日突然ひらめくことを待ち望んでいたように思います。
アレクサンダー・テクニークを受けることで何か症状が改善したということはなかったのですが、私と同じように、体の使い方で悩む人の役に立ちたいという気持ちが芽生えるきっかけにもなりました。
また、ボディ・マッピングを通じて解剖学にも触れることになり、自分の体の仕組みをよりよく理解できたのはよかったと思います。この知識は後々生徒さんを教える際にも役に立っています。
⑤ フェルデンクライス
フェルデンクライスは、何回かグループレッスンに参加した程度ですが、床に横たわって、小さな体の動きを繰り返す中で、自分の体の感覚の幅を広げていくというワークをしました。
当時の私はアレクサンダー・テクニークに夢中になっていたため、フェルデンクライスにはそこまで熱心に取り組んでいません。
アレクサンダー・テクニークでもフェルデンクライスでも、自分が感じている体の動きは、実際の動きとは違うというところに着目していて、この考えは後々自分のピアノ演奏の改善に役に立ちました。
次回は、こうしたメソッドとは別に、結果的に効果があったと思うものについて書きたいと思います。
最近なんだかピアノが弾きづらい、思ったようなパフォーマンスができなくなってきた・・・。
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